日本国際保健医療学会 学生部会
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有吉紅也(ありよし こうや)先生 有吉紅也(ありよし こうや)先生
■所属: 長崎大学熱帯医学研究所臨床医学分野教授・長崎大学病院国際医療センター感染症内科(熱研内科)科長

 1) 専門分野
臨床熱帯医学、感染症学、エイズ

 2) 経歴(少し詳しく書きます)

1986年3月旭川医科大学医学部卒。
東京河北総合病院にて小笠原道夫院長の指導のもと内科研修(自分が受け持った症例を自ら剖検する研修を受けた)。
アフリカで医師として働くために1988年暮れに渡英、英語に散々苦労した末、英国王立内科学会熱帯医学専門医取得。
その後、ジンバブエ大学医学部にて内科研修の機会を得る(このときのエイズ診療経験がきっかけとなり、エイズがライフワークとなる)。

1989年9月にふたたび英国に戻り、ロンドン大学衛生熱帯医学校臨床熱帯医学修士課程(London School of Hygiene and Tropical Medicine, Master of Science in Clinical Tropical Medicine)に入学、猛反対する専攻長を説得し、当時としては超例外的にHIVウイルスを用いたラボ実験に、しかも学外で従事することを許可してもらう。 このとき、私にチャンスを与えてくれたJonathan Weber博士(のちのセントメリー病院教授)から課された研究テーマは「HIVウイルス量測定系の確立」。元々アフリカでの臨床疫学的研究がやりたかった自分としては、それまで全く経験のない実験科学に従事することは、必ずしも自分の本意ではなかった。しかし、英国へ私費留学し、他に何も当てがない状況で唯一与えられたチャンスだったので、死ぬほどがんばって研究し、半年で実験を成功させた。当時ヨーロッパでこの実験に成功したグループは他になく、その功績が認められ、1990年10月、修士課程修了と同時にセントメリー病院エイズセンターの臨床研究員として正規の職を得る。

それから2年間は、朝から晩までHIVウイルスを使った実験漬けの毎日、この間の仕事は後に6本の科学論文(うち4本はLancet)となった。その甲斐あって、46倍の難関を突破して1992年8月より英国医学研究協議会(Medical Research Council, MRC)上級研究員として採用され、西アフリカガンビア共和国にあるMRC研究所へエイズ実験室長として派遣される。ガンビアでの6年間が、まさに私の熱帯医学・国際保健医療の根幹となった。研究所では、本業のエイズ研究(ウイルス学・免疫学と臨床疫学を連携させた学際的研究)に従事するのみならず、ガンビア医師会登録医としてMRC研究所付属病院での診療に携わった。また、何か月も村に住み込んで疫学調査に参加することもあった。 さらに毎週のセミナー等を通じて同僚たちの熱帯医学・国際保健分野の研究を幅広く学んだ。私の生涯のロールモデルであるHilton Whittle教授とBrian Greenwood教授に出会ったことも大きい。彼らは西アフリカで30年間、医師として臨床現場に立ちつつ、世界の保健医療に大きな影響を与える研究を発表してきた。

今度は日本をベースに熱帯地で活動してみたいと考えるようになり、1998年3月38歳の時に帰国、7年間国立感染症研究所エイズ研究センター主任研究員としてエイズ研究に従事した。この間4年間をタイに滞在しJICAタイ国立衛生研究所機能強化プロジェクトのエイズ専門家として、北タイランパン病院に大規模HIVコホートを立ち上げ、タイ人医師・研究者の育成に努めた。2005年3月長崎大学熱研内科教授就任後は、理化学研究所の感染症研究国際ネットワーク推進プログラムに加わり、ベトナム中部ニャチャン市の地域住民ベース小児感染症コホート、ハノイバクマイ病院感染症病棟ベースの熱性疾患臨床研究、フィリピン国立感染症病院(サンラザロ病院)での熱帯病研究を指導・推進してきた。また熱帯医学研究所熱帯医学教育室長・長崎大学病院感染症内科教授として、国内外の医師を対象に熱帯医学教育・感染症臨床教育に従事している。

 3)現在のお仕事でやりがいを感じるのはどんなときですか。

医者としては、日本でも海外でも患者さんやその家族から感謝されたとき(ガンビアの田舎の村で、ある母親がわざわざ遠くから近寄ってきて、子供を助けてくれたと気持ちを込めて感謝してくれたことが一番印象に残っている)
研究者としては、新たな治療法・予防法につながる発見があったとき(最近では、長崎大学病院で新しい肺疾患を発見したことが最も印象深い) 
教授としては、自分の教室員や学生が成長したと感じたとき

 4)学生時代をどのようにすごされましたか。

成績は決して上位ではなかったが、苦手な英語を克服するために、欧米の医学書に幅広く積極的にチャレンジした。自分ではよく勉強したと思っている。
冬は距離スキー(旭川医大スキー部の総キャプテンとして、東医体4連覇達成)、夏は途上国貧乏旅行(特に4年の時には、9カ月間休学して世界を放浪)、その資金は、先輩と小さな塾を運営してつくった。また、有志で障害者問題研究会を発足させ、札幌いちご会の小山内道子さんらと交流していた。

 5) 国際保健分野を志したきっかけはなんですか。

 23歳のとき、ケニアを徒歩旅行、そのときに出会ったある家族のことが、心に突き刺さった(このときの様子は、「地球規模で考える健康と環境―国際保健への道」 土井 陸雄 編で詳しく述べている;土井先生は、学生・研修医時代を通して、私により高い志を抱くように導いてくださった恩師)

 6) 学生へひとことメッセージ

 目の前の難しい患者さんを助けたいと思ったら必死になって勉強するしかない。それは、国境を越えても同じ。日本よりはるかに難問を抱えた途上国の医療保健現場で活躍したいと思っているのなら、さらに努力して勉強する気概を持って欲しいと思っている。


○地球規模で考える健康と環境―国際保健への道 土井 陸雄編 恒星社厚生閣
○感染症研究国際ネットワーク推進プログラムニューズレター(2006年3月)
熱帯地でサイエンスを活かす 〜英国MRC ガンビア研究所での経験から〜
http://www.crnid.riken.jp/pfrc/jpn/newsletter/pdf/nl200603-34.pdf#search='有吉紅也'

 
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